相対的貧困家庭の中学生の高校受験と高等教育無償化論について

2017年11月09日

11月になると、筆者が学習支援ボランティアを行っている足立区の中学3年生たちは、逐次保護者と担任教師を交えた三者面談を行って、高校入試の厳しい現実に向き合うことになってくる。

彼ら彼女らの中には様々な事情から不登校になっているケースも多く、そうした場合、出席日数の不足と定期試験を受けていないことから、オール1の内申点を付けられるケースも少なくない。そして、担任の先生からは、夜間の定時制高校以外に進学先はないと宣告されることもある。

自己のアイデンティティがまだ十分に確立されていない多感な少年・少女たちであるから、中には自分の将来に不安を感じて精神的に不安定な状態に陥るケースもある。他方で、妙に達観し、あるいは投げやりになって、中卒のままで社会に出てもいいかと考える子もいる。

そうした子供たちに対しては、他人ながらも中卒あるいは高校中退者の就職がいかに限られ、現実がどれ程厳しいものであるか、日本社会の実態を話してあげることもある。だが、まだ14、5歳の社会経験のない子供にはあまり実感がわかない様子であることが多い。

また、不登校以外の子供たちの多くも、高校入試に臨むにあたって必要とされる学力面では極めて不十分な状態であることがほとんどである。東京都立高校入試の場合、中学で学習する9科目各5段階評価の素内申のうち、実技系4科目をそれぞれ2倍に換算して内申合計点を算出するので、このいわゆる換算内申点(65点満点)が進路指導の主要な基準とされている。

足立区の学習会に参加している中学3年生たちの多くは、この換算内申点で40点をクリアできていない。つまり、9科目オール3であれば換算内申は合計39点となるわけだが、多くの子のケースで概ね25点から37、8点の範囲に収まっているのが彼ら彼女らの(校内)成績の実態なのである。

なぜ、相対的貧困家庭の中学生たちの成績、特に学力が不十分な場合が多いのか。その原因を端的に指摘すると、彼ら彼女らが補習塾であれ進学塾であれ、校外での学習活動に経済的に参加できないからである。

やや古い資料であるが、ベネッセ教育総合研究所が2013年に発表した『学校外教育活動に関する調査2013』におけるデータによると、小中高校生の世帯年収別の学校外諸活動に関わる出費額を見ると、2013年時点では年収400万円未満では月額合計8,500円(スポーツ活動2,200円、芸術活動1,100円、家庭学習活動2,000円、そして塾など教室学習活動に3,200円)にとどまるのに対して、年収800万円以上では合計25,600円(スポーツ活動4,800円、芸術活動3,100円、家庭学習活動4,400円、そして塾など教室学習活動に13,300円)に達している。

このような学校外の教育活動費を各家庭が捻出できるかどうかが、その家の子供の学力形成に大きな影響を与えていることは、筆者が子供たちを教えていて確実に実感できる事実であると言える。なぜなら、今の義務教育システムでは小学校4、5年生くらいでいったん学力遅滞に陥ると、何らかの補習を塾または通信教育で受けない限り、そのまま学習についていけない状態のまま中学校まで進学してしまうからである。

そして、月額わずか3,200円程度の出費(あるいは相対的貧困家庭の場合、さらにそれより少額)しか出来ない家計状況では、定期的に子供を補習塾に通わせることは恐らく困難だろう。極めて残念なことながら、そうした子供たちの多くは、さらに内容が難しくなる中学校のカリキュラムには入学時点で既についていけない状態のまま、3年間を何となく過ごしてしまう。そして、ほとんど無為無策の状態で、高校受験の時期を迎えてしまうことになってしまっていると言えるだろう。

彼らの多くが中学3年生の秋になって初めて、進路指導の三者面談の席で自分の内申点が高校受験に必要な水準に足りていないことを改めて思い知らされる。というのが、傍から見ている筆者の立場からも多いに窺い知ることが出来るのである。

そこで、学習会での指導上の対応としては、まず子供たちの換算内申点を把握したうえで志望校を決めてもらい、2月下旬の入試までにどの程度本番で行われる学力検査での得点力という意味での学力を伸ばせばよいか、大人のこちら側で戦略を練らなければならないことになる。なぜなら、現在の都立高校入試では、合計1,000点満点の得点を学力検査700点および内申点300点にそれぞれ換算して合計点を争うシステムが採用されているから、経験不足な中学生だけで複雑な入試制度に対処することが困難だからである。

そして、三者面談で先生から提示された受験生の内申点が各自の志望校の想定される水準から多少なりとも下回っている場合、必然的に入試当日の学力検査でそれを挽回できる程度の得点をしなければならないわけである。そこで、指導者側としては受験生たちの実力判定のために、Vもぎ(東京都と千葉県の高校受験生が対象)やWもぎ(東京都と神奈川県の高校受験生が対象)といった合否判定に定評のある模擬試験を受験させたいのであるが、相対的貧困家庭の中学生たちは学習会から補助が出る2回程度しか受験しない場合がほとんどなのである。

しかも、そのうちの1回はほとんどの受験生がまだ志望校も固まっておらず、したがって積極的に模試に参加していない時期の6月頃に受けている。そのため、学習会に来ている子供たちの多くは、模試を受ける際に最も重要な志望校もしっかりと書かず、ただ単に問題がほとんど解けなかったという自信喪失の結果を数週間後に受け取るだけに終わってしまっている。

そして、多くの受験生が毎月のように模試を受けるようになる9月以降の時期には、彼ら彼女らの多くが合否判定に対する恐怖心からか、模試を積極的に受けることを避けるようになってしまう。そうなると、受験生全体の中での自分の相対的位置、つまり偏差値を把握することが出来ないから、高校受験自体が事前偵察なしのある種の無謀なチャレンジに陥ってしまうわけである。

彼ら彼女らが高校入試に臨むにあたって抱えている問題は、単に内申点と学力だけではない。彼らが一般的家庭の中学生が受験する場合と決定的に異なるのは、都立高校入試の「すべり止め」となる私立高校を経済的理由から受験できないという大きな逆ハンデがあることである。つまり、学習会に参加している多くの子が、事実上都立高校入試一本(ただし受験機会自体は、夜間定時制も含めて2月以降複数回ある)に人生をかけることになってしまっている。

しかも、高校入学後の通学に必要な交通費を節約するために、彼らの志望校の多くが自宅から徒歩ないし自転車で通学できる範囲にあることを、親から予め限定されてしまうケースが少なくないのである。

こうなると、内申点と学力上の問題に加えて地理的限定さえも加わり、彼らの志望校は足立区内やせいぜい範囲を広げても隣接区内にあるほんの数校だけに絞られてしまう結果となる。電車通学を許容してやや範囲を広げても、台東区くらいの高校までが概ね限界となってしまっている。

だが、そうした諸事情で限定された彼らの志望校は、はっきりと言ってしまえば学力階層上の下位校ばかりとなってしまう。そして、彼らが将来をかけて一本に絞ったそうした志望校群は、必ずしも入試倍率が低いとも言えない問題があるのである。つまり、倍率の高い推薦入試を最初から回避したとしても、なお不合格になる子が出現する蓋然性がある。

例えば、彼ら彼女らが多く志望する足立区内A高校の過去3年間の入試合格者(女子)の実倍率は、平成27年度1.35(合格率74%)、28年度1.21(同82%)、29年度1.39(同72%)である。このA高校に次いで人気のあるF高校の場合には、27年度1.31(合格率76%)、28年度1.53(同65%)、29年度1.27(同79%)なのである。

つまり、少なくとも上記両校に関していえば、例年2~3割程度の一般入試受験生が不運にも不合格になってしまうのが実情なのである。足立区学習会参加者の内申点からシミュレートしてみると、内申2と3が概ね半分ずつ混在している換算内申32の受験生を想定した場合には、AとF両校ともに、当日入試で216~220点(5教科当たり1科目平均43~44点)位を得点しなければ合格はおぼつかないことになってしまうわけである。

都立高校一般入試(共通問題)における過去数年の受験者平均点を見てみると、素点合計で概ね300点(1科目当たり約60点)前後に固まっている。これは明らかに、各教科平均60点のラインを受験生がクリアできることを想定して、出題者側が毎年作問していることを想像させる事実である。

ところが、多くの場合、学習会参加者の学力の現状でこの1科目当たり平均60点をクリアさせることには非常な困難が伴う。その原因のかなりの部分が、彼らが経済的に塾に通えなかったことによる学校外での補習が不十分であることに起因していると思われる。これが、現時点での筆者の学習ボランティア経験を通じた観察結果である。

いま、政界では教育無償化が大きな争点となっている。だが、単に消費税増税分の一部を、高齢者層をもっぱら対象とした社会保障費支出から、より投資効率の高いと思われる若年層に対する教育需要を強化する支援に振り替えるというバラマキ型の発想だけでは、財源不足の問題だけでなく、筆者にはどうも不十分に思われてならない。

よく指摘されることであるが、東大や早慶に代表される上位大学に通う大学生の家庭の世帯年収は国内平均を大きく上回っている。しかも、そうした上位大学には既に国庫から多額の資金が投入されて優遇されているのが実情である。少なくとも、筆者が学習支援している足立区の中学生たちが、将来こうした特権的大学に進学できる見込みは少ないだろう。

したがって、単なる需要面強化だけの高等教育無償化は、現実的に大学に進学する余地の少ない相対的貧困家庭の中学生たちが将来支払うことになる消費税増税分で相対的に裕福な家庭の大学生に対する投資をかえって増強するという、格差拡大の結果を逆にもたらす恐れがあるのではないだろうか。

筆者はむしろ、学力遅滞を無くすような義務教育の実質的内容を充実させる供給面での投資強化が必要ではないかと思う。貧困家庭に対する幼児(就学前)教育を所得スライド制の導入で充実させることの投資効率の高さに関しては、ノーベル経済学賞を受賞したジェームズ・J・ヘックマン(シカゴ大学教授)によるアメリカでの長期的実験から既に実証されている(『幼児教育の経済学』東洋経済新報社、2015年)。

だが、義務教育における学力遅滞の補習を学習塾に依存せざるを得ない日本の現状においては、貧困の連鎖を断ち切るために投資する対象としては、高等教育無償化よりもまず義務教育の充実に向けるべきであると筆者は考える(もちろん、財源確保の許す限りではあるが)。

同時に、所得スライド制を導入した上で就学前教育を供給面から拡充することを併行して行えば、貧困の連鎖を断ち切るためのさらに効率の良い投資となるのではないだろうか。

小塚 郁也 | 2017 | Salam !
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