「暗記科目」社会科の有機的学習法に関する提案

2017年11月24日

中学生や小学生に勉強を教えていると、英語と数学に苦手意識を抱いている子供が多いことに加えて、社会科も苦手としている生徒が同程度に多いことに気が付く。特に相対的に貧しい家庭の中学生の定期試験での得点力に、この点に関する顕著な結果が現れるようだ。

なぜ、単純な努力の蓄積によって成績がいくらでも伸ばせるはずと見なされている「暗記科目」の社会科において、同教科を苦手とする小中学生が多いのだろうか。社会科学の研究者の端くれの1人として、筆者にも看過しがたい問題であるので、足立区の中学生たちの定期試験対策での社会科の取り組み状況を少し観察して考察してみることにした。

まず、すぐに発見できる事実は、社会科の定期試験の成績が伸びない子どもたちの多くが、教科書の読み込みの絶対量が不足していることである。筆者個人の中学生時代の学習経験に照らしてみても、およそ学校の教科書の中で社会科ほど、その読み込みがあらゆる試験に有効な教科は他にないだろう。

なぜなら、初等中等教育における社会科教育の目的が、将来の優れた公民たるべき子供たちに対して、現在の人類が到達した多様な社会事象に関する現時点での最も正確な知識を習得させ、同時に社会事象の因果関係を自主的に考える能力や意欲の基盤を形成させることを主要目的に置いていると考えられるからである。

そして、今のところ、社会科の教科書こそが人間社会の到達点に関する最も簡潔に整理された知識体系を表した十分に吟味された著作物なのである。つまり、小中学生たちの社会科苦手の一因は、その優れた学習素材である教科書を子供たちが有効活用し切れていない点にあると思われるのである。まずこの点に、彼らの成績不振の根本的原因が潜んでいると筆者には感じられた。

もちろん、貧困を媒介にした幼児期における社会とのつながり格差や各家庭の文化的取り組みにおける違いが、子供たちの社会科教科書読み込みへの意欲の差に繋がっていることは指摘しておかなければならない。

第二に、彼らのテクニカルな試験勉強の方法にも、大きな問題があると筆者は感じた。それは、社会科の成績が特に不振である中学生たちの幾人かが、学校の副教材であるワークの穴埋め問題を教科書の該当部分を調べながら埋めていくという、全く非効率的な勉強法を採っていたことである。

なぜ、彼らがこのような専門家から見ると極めて非効率的な社会科学習法を採用しているのか疑問であったため、筆者は率直に生徒たちにその点を尋ねてみた。すると、「社会科は暗記する事項が多すぎて、教科書を読み込んでも全然覚えることができない。自分には暗記力が無いから、ワークの穴埋め問題位しか覚えられない」と言うような答えが返ってきた。ワークの穴埋め中心による社会科の試験勉強など、自分には全く経験が無かったので大いに驚嘆したわけである。

そこで、様々な塾のホームペイジから、最近の塾の先生方が生徒に勧めている社会科定期試験の効率的な勉強法なるものを筆者が調べてみた。すると、「中学校社会科の定期試験では、ワークの穴埋めと同じような問題を出題する学校の先生が多いことから、まずワークをやりなさい」と提唱し、教科書の読み込みを敢えて強調しないケースがいくつか見られた。そればかりか、ワークをやり込むことだけでも、定期試験では概ね60~70点程度の平均点以上を得点することが可能であると述べている塾の先生も、少なからず存在するようであった。

だが、中高生時代に社会科を最も得意としていた筆者の経験から断言すると、ワークの穴埋め中心の学習方法だけでは、恐らく定期試験で平均点をクリアすることも難しいだろう。それどころか、このような社会科教育の本来の目的から外れた勉強法では、現在の社会事象をもたらした因果関係を生徒たちが多様な観点から考察する機会をむしろ奪ってしまう悪影響があると考える。

初等中等教育における社会科の発展形態である社会科学では、自然科学と同様に、結果である事象を導いた原因とその間に存在する因果関係を考察することに専ら焦点を当てる。だが、社会科学が自然科学と大きく異なるのは、その研究対象が因果関係を明確にできる余地の大きい自然現象ではなく、人間の集合的行為に基づく結果であるところの社会事象に置かれている点にある。

つまり、社会科学では研究対象である社会事象をもたらした因果関係が明瞭となることは滅多に無く、原因と結果とのつながりが常に曖昧である。そして、様々な要因、すなわち難しい専門用語で言うと「媒介変数」(パラメーター)が、結果に対して間接的な影響を及ぼすことが多々あるという困難を社会科学が抱えていることである。

そうした本質を有する社会科学の基礎教育に位置づけられるべき初等中等教育の社会科に当たっても、生徒たちに瑣末な知識を暗記させるよりは、多様な要因から社会事象の因果関係を考察させるようにまず学習活動を誘導すべきであろう。そのためには、たとえ現在の定期試験の出題がワークの穴埋め問題を再現させる形式の内容が主流であったとしても、生徒たちには試験勉強として教科書の読み込みをさせることをまず優先すべきなのである。

なぜなら、ワークをどれだけ一生懸命定期試験対策として生徒たちが暗記したとしても、その知識は断片的な枝葉末節な内容にとどまり、社会事象の因果関係を多様な観点から考察できる有機的な素材とはなり得ないからである。そもそも、初等中等教育における社会科が地理、歴史、そして公民の三分野に分離されて教育されていること自体、教師側の授業実施における便宜上の価値は認めるにしても、筆者には決して科学的な教育方法とは思われない。

というのも、我々人類が経験したおよそあらゆる社会事象は全て人類による地球の物質的要素の活用とその社会的経験の蓄積、そして選択の結果に依拠するものであると言えるからである。つまり、地球の物質的要素の有り様とその活用方法を生徒に認識させるのが地理教育の目的であり、そうした資源の利用に関する社会的経験の蓄積を時系列的に理解させるのが歴史教育の目的である。そして、公民は人類の社会的選択の結果としての現時点での制度的到達点を生徒に教えるものに他ならない。

したがって、地理と歴史、公民の社会科三分野は社会事象として安易に分離できる研究対象としては存在し得ず、本質的には相互に有機的な関連をもって社会を成立させている様々な事象を統一的に取り扱うものである。その観点に立てば、先生側は三分野を通底する教育方針を積極的に生徒に対して明示すべきであろう。

例えば、足立区で筆者が教えている中学二年生の生徒が最近の学習会での定期試験対策で、中世から近世の世界史と日本史についてワークを使って勉強していた。その子の勉強法は、ワークの穴埋め問題を使って11世紀末期からローマ教皇の主導によりムスリム(イスラーム教徒)に抑えられていた聖地エルサレム奪還のために西欧諸王国から十字軍が派遣されたこと、そのローマ教皇庁が16世紀初頭には免罪符(贖宥状)の発売などでマルティン・ルターに代表される宗教改革運動から批判を浴びたこと、その反省からカトリック側の刷新運動としてイエズス会が設立され、世界各地への布教活動が行われた結果フランシスコ・ザビエルが1549年に布教のために来日したこと、その少し前に火縄銃がポルトガル人によって種子島に伝来した事実と、その威力が国内で最大に発揮された有名な合戦が1575年旧暦5月に織田信長・徳川家康の連合軍対武田勝頼の軍勢によって戦われた長篠の戦いであることなどを覚えようとしていた。

ところが筆者がその子の歴史的流れに関する認識を再確認してみると、十字軍派遣が単なる聖地奪還という宗教上の目的だけではなく、その背景にキリスト教徒側の征服意欲があったことは全く知らなかった。また、宗教改革の背景として当時のルネサンス運動による人文主義の復活があったことや、ルター主義がドイツを中心にプロテスタント運動として広がって行った結果、やがて17世紀に30年戦争を引き起こしてその戦後処理のために締結されたウェストファリア条約が今日の領域主権国家による国際システムの基礎を構築したとされていることなど、一連の重要な歴史的事実の流れが全く認識されていなかった。

これは、ワーク学習者たちの世界史認識に関する基礎知識の欠如だけに問題はとどまらない。その子のケースでは、ポルトガルや種子島の地理的位置も解っていなかった。そうした状況では、当時ムスリムによって伝統的なシルクロードを通じた陸路の東西交易路が抑えられていた結果、スペイン人やポルトガル人が陸路を回避して海路でアジアとの通商や布教を目指したために大航海時代がもたらされたことに関しては、もちろんその生徒の理解の範疇を超えていたのである。

当時の種子島への鉄砲伝来やザビエル来日の背景として、ヴァスコ・ダ・ガマに代表されるポルトガルの航海者が、アフリカ南端の喜望峰経由の東回りインド航路を開拓した事実を知っておかなければならないだろう。他方で、コロンブスやマゼランなどスペイン王家と結び付いた航海者たちがポルトガルに対抗して、より困難な大西洋横断の西回り航路を開拓した事実も彼らのワーク学習法では全く理解できていなかった。

これらの観察から、世界史関連の有機的に関連した諸事実を、未だ地理的知識も不十分な中学生たちに強引に暗記させようとしてもほぼ無理であろう。ワーク学習法での断片的知識の詰め込みだけでは、生徒たちの自信を喪失させ、かえって彼らの歴史嫌いを促進する結果を招くと思われる。

日本人である生徒たちにとって世界史よりはまだ馴染みがあると思われる日本史についても、ワーク主体の学習法では体系的な知識の習得と必要な考察力を育成することは困難だろう。例えば先に述べた長篠の合戦について、ワークの穴埋め問題では、織田信長が足軽鉄砲隊を組織的に運用する画期的戦術を駆使したことによって、当時勇猛で名を馳せていた武田勝頼の軍勢を打ち破ったという表面的知識を試験で再現できるようになることが目的とされているに過ぎない。

だが、このような表面的な知識を生徒が試験で再現できるようになっただけでは、当時の織田領国と武田領国の経済力や軍事力の圧倒的格差を彼らが認識できたことには全くならない。少し考えただけでも、貨幣経済が浸透した京都を中心とした当時の日本の最先進地域であった畿内を既に掌握し、国内最大の国際貿易港かつ鉄砲生産の中心地であった堺を支配下に置いていた織田信長が火縄銃と黒色火薬の原料となる硝石(当時国内で生産できず南蛮貿易により輸入)を比較的容易に入手可能であったのに対し、生産力が低く外国貿易が容易でない東国に本拠地を置く武田勝頼が鉄砲を装備した近世的な軍事力を整備できずに敗退したのは、ある意味で当然だったのである。そして、これ位の考察を生徒たちが難無くできるように指導することが、社会科の教育目標としては望ましいだろう。

そのために、生徒たちには膨大な知識を体系的に頭に入れる技能を身に付けることが必要である。そしてその技能は、教科書をいわゆる5W1Hを意識して読み込むことによって、十分身に付けることができるはずである。これは社会科が特に得意であった筆者の経験からも、中高生に特に強調してお勧めしたい学習法なのである。

まず、用意する教材は社会科の教科書3年分だけでよい。学習プランは地理、世界史と日本史、そして最後に公民の順で進めていく。ワークに取り組む必要は特にないだろう。地理をまず学習すべき理由は、先述したような社会科学的考察の物質的基礎をまず習得する必要があるからである。世界史を地理の次に学習するのは、世界史の知識が日本人には馴染みが薄くて理解しにくく、地理的知識が無いと習得が困難だからである。世界史が習得できれば、学習者が馴染みのある日本史は容易に習得できるはずである。そもそも日本の歴史は世界史上の一地方史に他ならないから、世界史が解れば日本史の理解も容易になる理屈である。

最後に公民に取り組むのは、同分野が地理と歴史を通じて人間社会が到達した現時点での制度的着地点を理解することだから、順序的にも最後に生徒が勉強することが望ましいからである。この点は中学社会科のカリキュラムにおいても概ね3年生になって学習することになっているから、無理なく是認できるであろう。

さて、教科書読み込みに際しての具体的な留意点についてであるが、最初に取り組む地理の教科書においては「どこで」(Where)と「何を」(What)の2つの事項に関してのみ、ラインマーカーでも引いて覚えるようにするだけでよい。厳密に言えば、上記2つの事項に加えて「どのように」(How)に関する事項も覚えることが望ましい。

だが、人間の記憶と理解力では、2事項を習得する努力と3事項を習得する努力とでは、後者の方が遥かに困難度を増すという限界がある。また、抽象度の高いHowに関する理解まで初期段階の中学生が敢えて形成する必要もない(高校入学後の地理の勉強で理解は完成できる)から、地理学習については比較的覚えやすい「どこで」と「何を」の2事項についてだけ暗記するようにすれば足りるだろう。

次に世界史と日本史については、「いつ」(When)と「誰が」(Who)の2点に着目して教科書を読み込むだけでよい。歴史についても可能であれば「何を」(What)についてまで知識を習得すればより望ましいが、これは後で「いつ」と「誰が」の2事項から容易に想起することができるので、暗記しておく必要は特にない。

歴史学習においてむしろ重要なのは、上記2事項の理解に当たって、「なぜ」(Why)の問題提起を常に自分の頭の中で行う癖を付けておくことである。その理由は、歴史事象の因果関係を考察する能力を中学生のうちに高めておくことが、後々学ぶべき科学的な考え方の構築に大いに役立つからである。また、歴史学習においては、学習の早い段階から世界史上と日本史上の同時期の出来事を、年表を使って横断的に覚えておくことが記憶を永続させ知識を体系化させる上で役に立つだろう。

最後に公民については、「何を」(What)と「どのように」(How)の2事項に関してだけ理解を深めておけば十分である。特に中学生段階の学習では、社会が制度上「何を」目的として、その達成のために現実に「どのように」制度を運用しているかに着目して教科書を読み込んでいけば、高校入試対策としても十分に対応可能な知識を習得できるだろう。

小塚 郁也 | 2017 | Salam !
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